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概要

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84かねて、橋(比治山橋か)の上から我先に飛び込むのをみました。川の面に木の葉の様に流れた人達、脳裏に焼付いてどうしても忘れる事が出来ません。あの様な時は普通の泣声も出ないとみえて、ウオーウオーと大人も子供も、人間の声ではありませんでした。くやしさとうらみと、何もかもの表現だったと思います。 途中水道が出放しになっていたので、私は両うでを水で流しました。土埃の下は赤身が出て、鳥の毛をむしった様にブスブスと生身から又、きしるを流しながら、はだしでヨレヨレのズボンをひこずりながら歩きました。 柏原さんはズボンが焼かれていてはだかでした。両足の皮が一枚にパラッとめくれて、大きくはがれ、歩くたびに左右の皮どうしすれて、絹ずれのような音は今もはっきり耳底に残っています。 電信隊に近い我が家に着く頃は、目がはれて来て、母の顔もあおむかねば見えぬ程になっていました。家は皆実町一丁目でしたが、家も倒れてしまっていました。オヒツ一つさげて畠ににげました。柏原さんは黒いものをはきました。たしか彼女は一週間後くらいに、試験の点のウワゴトを言いながら息をひきとりました。被服廠に居ましたが、毎夜毎夜焼かれて行く人間の火で明るいという、恐ろしい長い夏の夜が続きました。 死境を脱するのに一カ月、足もたたぬ様になり、眼もうみでふさがり、周囲の人達が毎日、左右前後のタンカで死人として運び出される気配に、次は自分では、と、みょうな気持でした……。 不思議な事は、生きたい意欲にもえていた故か、ヨーチンが唯一の薬でしたが痛いという記憶がありません。 死にきれずにいる人達の中には、「兵隊さん、お願いです。殺して下さい」「殺してちょうだい!」と、口ばかりでない、腹の底からたのんでいたのがたくさんありました。私には父母がついていてくれたから、生きようという意欲もおこったのでしょうが、きっとその方達は、苦しさと孤独感にたえ切れなかっ