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概要

gakuto

14るとき、山中女学校の人達が全裸に近い姿で、数人づつ集まって泣いていました。ついさっきまで、グランドで体操をしていた人達です。川には赤剥けになった大勢の人たち、死んだ人も生きている人もみんな、引き潮になった川の中を流れていました。 御幸橋まで来たとき、顔も胸も焼けた人が、「ワシは○年○科の○○じゃ。水をくれ」 といばっていう人がいました。入学したときから、上級生は恐いだけの存在でしたから、思わずキオツケの姿勢をして聞きながら、(全身火傷……、水を上げてもよいのか?) と思い、そのまま通り過ごしました。そして、私は川の水で顔や手のやけどを洗い、冷やしました。それから、よもぎを揉んで、足の傷に巻きつけました。 橋の上で、やけどに油を箒で塗ってもらいました。どこもかしこも火の海、炎のトンネルです。市電の道をみんなといっしょに、でも、たったひとりで歩きました。ふとんを水で濡らして、かぶったりしている人もありました。 その夜、広陵中学の講堂に収容され、休みました。空は真っ赤でした。静かなのです。音はどこかでしているのですが。人の声も遠くから、波のように聞えます。講堂の中は燃えている炎の明るさで、人の動くのが見えました。夜中ごろだったでしょうか、私は空腹を感じ、カバンから弁当を出して食べました。家族はどうしているだろう、と思うと涙が出ました。 朝、目が覚めたとき、隣にいた人がいなくなっていました。亡くなられたのでしょう。そして、また新しく怪我をした人が入って来ました。この繰り返しでした。 発狂して家族の名前を叫びながら、ガラスの上を歩き回って、見る間に血だらけになった人もいました。 私たちは、あかつき部隊の人達の手で、あまり大きくない船に乗せられて、宇品から坂村の横浜国民学校に移動しました。私は自力では歩けませんでしたので、移動はすべて担架でした。 被爆して何日目だったでしょうか、なんだか変だなと思って、顔に手をやって取ると見ると、それは一センチほどのウジでした。それは怖かったです。そのウ