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概要

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259 邦男ちゃんのことた。背後から原爆の光線を浴びたのです。私は、主人が帰宅してくれて安心いたしました。夕方五時頃、近所の人や、動員学徒として出動していた油谷工業の人と一緒に、わが家の舟を出し、疎開作業に行っていた水主町に、みんなを迎えに行きました。 川は、爆風で倒れた家の木材や、沢山の死体があふれ、途中から進むことが困難になりました。木材や死体を、かき分けながら水主町まで行き、油谷工業へ帰る人を、十二、三人舟に乗せて大芝まで帰った時には、舟に乗る時は歩いていた方も、みんな息たえておられました。 息子は、油谷重工まで帰っているかなと思い、会社まで行って見ましたが、邦男はそこにも居りませんでした。水主町は火の海でしたから、逃げだすことができなかったのでしょうか。○八月七日 この日も、朝早くから出かけ、焼けている中を、「熱い、熱い」と云いながら、こわれた水道から吹き出ている水を頭からかぶり、かぶり、道にあふれた死体をよけながら、一日中水主町で息子を探しましたが、見つけることが出来ませんでした。水槽には、たくさんの人が折り重なって、亡くなっておりました。そこにも、邦男の姿はありませんでした。○八月八日 主人は、「捜しに行っても駄目だから…」と云いましたが、私が「どうしても行きたい。」と云いますと、一緒に捜しに出かけてくれました。背中一面火傷を負っていましたから、苦しかったと思います。水主町まで行くと、あち、こちで死体を集めて焼いておられました。 三、四カ所見て歩いている内に、見覚えのある指先が目にとまりました。「この手は息子です。指先が似ております。見せて下さい。」とお願いすると、積み重ねた中から出して下さいました。油谷重工でころんで前歯が折れた時入れた金冠、手の中指の先が五分(1・5㎝)位焼け残っておりました。それが、息子の邦男と確認できる唯一の手掛かりでした。邦男の腕に「8」と書いた紙切れが、焼けた針金で結んであり