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概要

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256お母さん!頑張って帰って来たのよ川本ミユキ 今年は被爆五十周年を迎えます。あの忌まわしい惨状が走馬燈のように、頭の中を駆け巡ります。あの八月六日は雲一つない真っ青な、よく晴れ渡った朝でした。建物疎開作業に行くため娘は元気よく「行って来ます」の声を残して出て行く姿を玄関で見送り、家の後片付けもそこそこに、市役所に出掛ける用意をしていた矢先、八時十五分頃大きな音がしました。何が起きたのか分からないまま、顔や手等にガラスの破片が飛んで来て、血まみれになって呆然としていましたら、道路をぞろぞろと、まるでこの世の人とも思われぬ姿で、通り過ぎて行かれる沢山の人々、地獄とは正にこの有様かと思った瞬間、子供のこと、主人のことが頭に浮び、無我夢中でした。その内、主人が幸にも己斐駅で電車に乗ろうと足をかけた時だったので、家に帰って来て、子供はと聞きましたが、気が動転しているので主人に何を言われても分かりません。十一時過ぎ全身裸でパンツ一枚、お尻が焼けて指の先に爪がぶら下がり、顔は焼けただれて跣で帰って来て、「お母さん」と一声、私は思わず「良く帰って来たね」とかけ寄って抱き寄せました。娘が「もう駄目と思ったけど、お母さんがどうかしてくれると思って頑張って帰って来たのよ」と話しました。「もう大丈夫、元気を出してね」と、鋏でパンツを切り裂き、肉や皮のついているのをぬがし、黒い雨の降らなかった所に寝かせ、色々手を尽くしましたが、「お母さん、―喉が胸が、腹が痛い」と言いながら、夕方五時頃息を引き取りました。私は夢を見ているかのように、淋しさで、頭の中が真白になり、死んだ子供を抱いて夜を明かしました。翌七日、知人が「帰らぬ我が子を探しに行き、土橋で沢山並んでいる救急かばんに、お宅の子供さんのがあり、中の生徒手帳に「勝つ迄は」とあり、後は可愛想で読めなかった」と知らせに来て下さっ