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概要

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255 くしくも親子の最期の対面んにお水を飲ましてもろうと思って帰りかけた時「石川さんじゃあない」「あら本地さんじゃあないの」と、二人は初めて級友に出逢うて「変った姿になったね」と、だきあって泣く泣く学校え帰って、お水を丁戴と云っても、誰も飲まして呉れないのだから「お母ちゃんだけは充分飲ましてね」と云って、水筒のお茶をガブ??おいしそうに飲んで、満腹になり、その上恋しい母にご不浄もさしてもらい大安心して安らかに眠りにつきましたが、間もなく目覚めた時には、朦朧として容体は悪化して勅諭を奉読したり、週番の号令をかけたり、先生とお話したりして、死は刻一刻と迫りました。無燈火であたえる水も、母ちゃん母ちゃんと呼ぶ声も哀れ淋しく六回目を最期に若き命は、永遠に帰らぬ旅に先き立ちました。巡り逢えて十七時間最後迄くわしく言語明瞭に話す事が出来たのも一には学校へ帰った事、二には校内に兵屯舎があって軍医さんや兵隊さん、女専の生徒さんの手厚い看護と軍人さんの医薬のあった事等、何かとめぐまれた事は、不幸中のほんとに幸と学校や皆々様方の御尽力の程深く感謝いたしております。雨の日、風の夜も忘れられぬこの悲劇も二十有余年過ぎ去った今日では、靖国の英霊としてられ、昭和四十四年四月二十六日には勲八等瑞宝章も軍人同等に戴き、其の上原爆ドームの南側の緑滴る広場には慰霊塔が建立され、今日此の頃は広島を訪れる外国からの人々が花たばを捧げて礼拝する姿を見る度に尊い学徒の数知れぬ命を犠牲にした事も世界平和のために無駄ではなかったと、愛子の冥福を何時??までも祈りつゞける私でございます。 忘れんとして忘れられない昭和二十年八月六日の爆撃による物すごさと、学徒の幼少ながらも祖国を愛する精神の力強さに感激して親子が巡り逢ふて、最後の話合が出来たことを喜ぶものです。広島県立広島第二高女遺族 本地シズヱ