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概要

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11 被爆して、生きて 学童の一群れここに焼きしという      四方より小さき骨を拾いぬ 三滝寺の歌碑に刻む一首です。 孫が弟と同じ年齢になり、この小さな体で、あんな労働をしたかと胸がしめつけられます。 兄の戦死の時は私が八歳、弟の被爆の時は十五歳と、薄れゆく記憶で、鮮明な部分のみを書き出しましたので、誤りの記憶をも有ると思いますが、お許しください。 被爆五十回忌の今年ですが、毎年原爆忌はあります。行方不明のままで戸籍から抹消され、限りなく悲しい思い出ですが、五十年を期として、初めてまとめました。心からの追悼の言葉を添えて、兄と弟に贈ります。機械科一年平野 義人さん 手記 姉 加川イツ子被爆して、生きて―一度は氏名誤記で死亡―西岡 誠吾 あの日から四十九年。恐ろしい、悲しい体験でした。思い出したくない思いから、ただ働いて……。仕事人間で、語るひまもない生活をしてきました。ですが、このままで死んだら、あの日亡くなった友達に申し訳ないと思うようになりました。長い時間が過ぎていますので、記憶も正確ではないでしょう。でも、やはり言い残して置かなければと思うのです。 県工の電気科へ入学したのは、昭和二十年の四月。橋本先生が担任でした。その当時、(国民勤労報国隊員と呼ばれていた)学徒動員で勤労奉仕に出ていましたので、教室で皆が会うということはめったにありませんでした。それでも、私には親友というか、今もって忘れられない友ができました。伊藤稜夫君です。