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概要

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231 師の愛を思うた。十四日に学校で御経納がありました。祭壇には心をこめた季節の珍しい物が供えてあり、真中にはコップに水が入れて供えてありました。死んで逝かれた人達にとって切実に求められた物は実にこの水であった事と思います。お寺さんの読経のあと先生のご挨拶がありました。そのあと遺族の兄さんと思われる年輩の人が「一寸」と言って進み出られて「あの焼けあとを歩いておりますと、生徒を水槽に入れてそれを掩うようにして先生が死んでおられたのを見て私は非常に感激致しました。遺族の一人として先生に厚くお礼を申し述べます」と言われました。私が言わなければならない事をこの人が言うて下さった。済まないと思いました。他の遺族の人達と白い紙に包んで遺骨を頂いて帰りました。 先生は「逃げられる人は逃げなさい」と言われたそうですが、火の中を辛うじてのがれた者は五指にも満たなかった事を思えば、余りにも言語を絶した無惨な事と言わなければなりません。 隙行の駒の足早く、日は走り月は歩いて十年余、十三回忌を迎えるにあたり、胸に追憶の念、切なるものあり、生徒を擁して死んで逝かれた諸先生、先生のお側で亡くなった生徒達のご冥福を心こめて祈る次第であります。 原爆でふき飛んだあとに出来た橋、平和大橋の上に佇めば、清く澄んだ水は岸に白い沫を上げながらゆっくり流れている。元安川の清き流れよ、この岸の側で、その流れの中で各々の生徒をご自身の子として相抱いて死んで逝かれた諸先生の愛情を、この流れのある限りいつまでも語り伝えて欲しい。道行く人へ、橋の上より見下す人に―。故 野口 芳子母 野口 時子