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概要

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227 その日のことる壕の如き物四、五ケ所あり、見渡す限り、屍の山々、筆舌に尽くす事出来ず、中の一つに十人位重なり、横の小高い所にしゃがんで一目見た。「アッ、康子が」思わず、口から出た。「どこに」藤森様もこられた。「と思うんですが、何しろ後頭の恰好だけではね」と言った。「前に廻って見なさい。嬢ちゃんは鼻が高いから、すぐわかりますよ」然し、前に廻れば、三メートルも遠くなる。なぜといって、屍の山で足が踏み出せない。でも、前に廻った。「アー駄目だ」やっぱり違う。あんなに変色して、丁度、金仏みたいだ。「どれどれ、どれですの」後に廻る。まちがう事なき康子だ。また前に廻る。どんなに見てもあの面影はみじんもない。近くに「出雲」「中島」と胸章つけて死んでいる友達、私は半信半疑ながらも、諦めきれず、確かめたいとあせれど、無駄だ。一人になっても思案した。埋もれているのを出せば、何か確証があるかも知れない。でも私の力では駄目。あたりは死体片づけの人が、十人の山にして、次々と火葬していた。あのままだと康子も皆と一緒に火をつけられる。私はあせった。虚脱状態というか、悲しみも極に達したというのか、不思議に涙一滴出なかった。私は苦心の末、元安橋の袂の本部へ行き礼を尽くして頼んだ。快く承知下さり、数人の人をお貸し下さった。掘り出しに先立ち、「確証がなければ、夕方まではかかるから」と上の人二、三動かし、テコで持ち上げた。埋もれた所の何かを求めて、私は目を皿にして顔をつけて見た。「アッ、確かに見覚えのあるモンペ、側面にボタンを並べて、今朝こそ、あのボタンをはめながら、茶の間から洗面所へ行くのを、この目で見た。間違いなく、康子だ」私は天にも昇る心地であった。涙が滝の如く落ちた。皆も元気づいて懸命の力を貸して下さった。抱き合うようにして逝った友、末本様は上半身裸、然し、運動靴にはっきり名前がある。一人は、瀬尾と胸章をつけた友、私は改めてあたりを見た。ある、ある、松の木が。それは直径十センチメートルくらいの小さいながら確かにある。爆風通り、間横に倒れて、丁度、梢の上部の下にいた。藤井様の言葉を再度口にした。木橋というのは新橋だ。墓も、あたりに沢山