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概要

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219 子に詫びる中に、茂子がおったそうです。十人あまり折り重なって斃れ、茂子は着衣もそのまま、綺麗な姿で死んでいたそうです。胸にハッキリと前岡とつけたままで。……運命はどこまで残酷なのでしょう。親と子の死の対面さえも許してはくれませんでした。父も何回となくこの辺を探したと申すのに。……親と子の縁の浅き事を。……私はこう願いたい。茂子は即死でありますように。たとえ、どれだけかの時間でも、苦しみ、もだえ、「お母ちゃん、お母ちゃん」と叫び続けてくれたであろうと思えば、この母の私はたまらなくなります。 月日は流れて一周忌が参りました。現場にはまだその悲惨の影がはっきりと。……モンペの布地のちぎれや生々しい骨も数々ありました。もしやこれは茂子のではあるまいかと。この土には我が子が流した血と汗と、そうして魂が溶け込んでいる。ねっとりとした土である。そっと紙に包んで懐に入れる。 それからまた一年、その頃には都市計画で、現場の様子も大分変わり、ほとんど目標もつきかねる有様でございました。七周忌にはご有志のお陰で持明院境内に、追悼碑を建立して頂き、数百の魂はようやくここに落ち着く事が出来ました。茂子、茂子。茂子は無くても母は呼びつづけます。未だ開かぬかたい蕾です。人為なくして、これが散り落ちる不自然さがあるでしょうか。思えば、みんな人がした事です。これが最大の罪悪でなくて何でしょう。「勝つ」事に疑いを持たぬ純真なる子供は「勝つまでは、勝つまでは」とどんなに頑張り続けた事でしょう。この幼い未だ善悪の道さえわきまえかねるような子供を。 国家主義に徹した軍人とを、……その在り方を同一にした当局者に今更ながら義憤を感じる者でございます。私は声を大にして申し上げたい。大切なる女を預かる学校当局者は「身も心」も健全なる教育をして頂きたいと。……命が一番、学問が二番、次の代がまだ大切な事でございます。「市女、市女」それは我が子が命を捧げた所です。せめてその名だけは……。そのなつかしい名だけは永久に保存して頂きとうございます。気高く散った数百の魂は、「市女」の名の下に永