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概要

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215 元安川原の惨 私はあの時、会社の二階の一室で、夢から醒めた時はあたりは暗闇であった。それこそ咫尺も弁ぜず。一寸先も見えなかった。被爆後何分かたっていた。一瞬気を失っておったのである。 それで私が後に想い及んだのであるが、彼女等もあの瞬間は、おそらく何一つ遮蔽物のない露天で爆音と共に、大部分は失神状態に陥り、倒れておった事であろう。 その間に黒煙の猛牙が覆いかかり、生きながら、ジリジリと身を焼かれ、気が付いた時は、火だるまとなって泣き叫び、河原へ転げ廻ったであろうか。又はそのままで猛火と共に昇天したものもあったろうか。 ああ、残忍非道。鬼畜も目をそむけ、言語に絶する光景を現したであろう。 かくして無辜の天使、可憐なる乙女等は罪なくして戦禍の犠牲となり、永遠にこの世を去り逝ったのである。返す返すも、暴虐、悲惨の極。 私は漸く仁子を見出した。勿論身体は焼けただれ、僅かに腰のあたりに手拭の切れ端と、名札と腰下げが残っている。膚は黄色となり顔はうずばれていた。 「おとうさん、咽頭が痛い」私は早速川の水を掌ですくって飲ませた。今にして思えば当然放射能入りである。私の家もこの土手の上にあった。勿論既に焼け落ちている。牛田の親戚に長女孝子を預けてあり、その安否も気にかかり、仁子を背負い牛田へ行くこととした。子供を負うて、水の中に入ったものの、水が腰のあたりまであり、私自身も相当弱っているとみえて、ともすると倒れそうになる。一寸困っておった。 幸いこの時、川下から船舶隊の兵隊さんが、舟で救援に来てくれたので、大手町側の岸に渡してもらう。こうして、やがて西練兵場紙屋町入口まで来た。西練兵場では大勢の人が休んでいた。会社の人も四、五人見当たった。ここで暫く休憩し、再び子供を背負って立つ。急に重くなったので、会社の人、竹本君に少し上げてもらう。すると竹本君が「チョッとおろして見なさい」と言うので何か異状を予感して、思わずハッとする。その時吾が子は、こときれていたのである。何とも譬えようのない思いであった。