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概要

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208ません。大事に大事に囲ってあった白いお米を炊いてみました。しかし、誰も食べる力がありません。庭のトマトを切っては汁をのませました。十日午後、子供たちはやっと宇品の女専の野戦病院へ引きとられました。ほっと気がゆるんだのでしょうか、私自身の体が燃えるようで、苦しいのです。四十度の熱がありました。まだ二人の友達の親達から連絡がありません。私は子供たちの側に付き添いました。 一面の火傷が、少しカラッとしてきたので、よくなると信じました。しかし、入院の翌日午後三時頃、梶原君が息をひきとってしまいました。孟良が、「可哀想にね。お母ちゃん、ぼくみんながいてくれてよかったね」と申しました。それなのに、三十分後には息を引きとりました。最後の一人、平本君も、それからまた丁度三十分して亡くなりました。やっとみつけて来てくれた叔父さんに看取られて。 十二日の未明、主人が大阪から、やっと帰広しました。玄関口で、「家は焼けていいのに、孟良を!」と足踏みならして泣き叫びました。その足で火葬に行くと言います。息子の姿を主人にみせたくない心と、やっぱり最後に一目会わせてやりたい心とが私の中で闘いました。主人は行きました。死体の集まる中で、自分で木を集めて、孟良を焼きました。兵隊さん達が協力してくれて、二人の子供も焼きました。この時主人は、変わり果てた我が子の姿に「どうでもこれは孟良じゃない!」と言い張ってなかなかきかなかったそうです。(昭和四十六年六月「被爆婦人の集い」第三集より)(当時中学二年 長尾孟良の母)