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概要

gakuto

178は飛び、橋面の一部は跳ね上がったまま。産業奨励館(原爆ドーム)をはじめ、焼け焦げ、崩れたビルがあちこちに無残な姿をさらしていた。偶然、出会った級友の話では、被爆者の多くは水を求めて川の中に入って息絶え、天満川などは一面に水死体が浮いて、その上を歩いて渡れるくらいだったと言う。ありし日の広島とは思えぬ廃墟の中、七十年は草木も生えぬ、と言われた瓦れきの街にも、生きのびた人達が焼けトタンを屋根に仮小屋を建て、復興に立ち上がっておられる姿には、お気の毒に思うと同時に敬服した。やっとたどり着いた母校は、倒壊した講堂の外壁が残るだけで校舎は全焼、五十メートルプールが被爆前の姿をとどめるのみだった。 火傷以外の原爆症らしいものと言えば、療養中の被爆後七日目ごろ、足の股と腕の内側に紫色の斑点が出て家族がひどく心配した。当時、ピカの毒を吸った者は、脱毛、紫斑が出て死ぬと言われていたからだ。ピカを浴びた弁当を食べたからだろうかと、本気で心配した。友達の中には、血便状のひどい下痢が続き、目が見えないくらい衰弱した者や火傷の跡がケロイドになった者も多い。改めて伊藤君のお母さん、おばあさんの適切な治療に感謝したい。 それにつけてもたった一発の原爆で、かくも多くの悲惨な死、苦痛、物的被害をもたらす生き地獄を見た者のひとりとして、再びこのような人類の悲劇を繰り返してはならないと念じ、おぼつかない記憶をペンに托した。