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概要

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171 重い思い「今に誰かが助けに来てくれる」と、息子と励まし合っている内に煙が這ってきた。あとはどうやって抜け出したのか覚えていない。すぐ前の太田川に飛び込み、そのまま火の粉を浴びながら、恐怖にさいなまれながら、何時間も、何時間も耐えていた―という。 その伯父も、苦しみながら、最後には唇の囲りが紫になり、泡を噴いて亡くなった。爆心地で、それこそ原爆の毒素を十時間余も一身に浴びてのことであった。 本家には、私と同い年の従姉妹がいて、学徒動員で被爆し、首から、肩から、腰に至るまで大火傷をしていた。体の1/3火傷をしたら命が危ないといわれるが、彼女は体の半分近くも焼けただれている感じだった。 水を欲しがる伯父には体に悪いからと我慢させていた家族も、大火傷の従姉妹には、もうダメかもしれぬとの思いから、好きなだけ与えていた。飲み、食べる―それが新陳代謝を促進し、毒素を体外に押し出していったのであろうか。おかげで、彼女は今も元気で、母親として幸せに暮らしている。 父が江波町の陸軍病院に収容され、打撲は受けているが無事だということが分かりホッとする。しかし、県庁に務めている姉の消息は全くつかめぬ。被害の大きさが伝わるにつれ覚悟する。即死だろうか。それとも押しつぶされて動けず、火が廻ってきて……かもしれぬと思うと堪らない。この思いは、今も私の頭を去らない。 父の許を訪ねた日、ここでも、私は地獄を見た。相生橋の中央辺り、街灯の柱に一人のアメリカ兵が後手に縛られ、くくりつけられていた。どれだけの石が投げつけられたことであろう。どれだけぶん殴られたことであろう。顔は脹れあがり、つぶれていた。この捕虜を連れてきて、広島をこんな目に会わせた憎いアメリカに復讐せよ。原爆を落としたアメリカ人への恨みのたけを、この捕虜にぶっつけろ―というのであったろうか。 広島市民は地獄を見た。いや、見させられた。広島市民が体験した地獄の中には、「しがみついて助けて