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概要

gakuto

168び声と、子供を抱えた親が気違いのようになって泣き叫びながら、熱い火から逃れてこちら側に泳いで渡ろうとして、水の中に群れ落ちていた。まったくそれは地獄絵のような阿修羅の巷であった。 川原で火傷を負った顔と手を水の中につけると、ヒリヒリとハシル痛みが和らいだ。川原には何百人の人が体を水につけては痛みを和らげていた。ボウボウの髪、真っ黒にふくれ上がった顔、めくれて垂れ下った皮膚、赤くむけた皮膚、中には熱風とガスで腹の中が焼けるのか、ゲーゲーと内臓のドブを口から吐いている人もいた。ワーワー泣きながら皆な川原にしゃがみこんでいた。その姿はこの世とは思えない惨状であった。そのうちに「機銃掃射でやられるから早う皆なこの川原から逃げろ」と兵隊さんがおらんでいた。皆なぞろぞろと火傷で痛い傷口を押さえて、呻きながら二葉の山の方に逃げていった。 「水は飲むな、飲んだら死ぬぞ」と、飲みたい水も飲まずに二葉の山の中にいた。喉が渇いた、水が飲みたかった。どうしようもなかった。動くことすら火傷で弱った体ではしんどかった。二葉の山の上から見た、市内が焼けるのを見た。特に目の下の広島駅の焼けるのがよく見えた。いったい何が起きたのか。爆弾というのはこんなにひどいものか。わけが分らないまま広島の街が焼けるのを見た。そして広島の街の呻き声を聞いた。 何時間経ったろう。段原を通って、鷹野橋を通って、舟入を通って、己斐の旭橋を渡って帰った。途中、火傷で手も足も体全体がふくれ上がった人が転がりながら「水、水、水をくれ」とあちらでもこちらでも呻いていた。多くは声もなく死んでいるようであった。中には半黒焦げで死んでいた。両腕の皮膚はめくれてダラリと垂れ下がり、赤い筋肉が見えていた。馬も焼けて水ぶくれになっていた。全く目も当てられなかった。痛々しかった。それは全く地獄の修羅場であった。家に帰った時、午前十一時ころかと思ったら午後五時過ぎであった。その夜四十度の高熱でうなされ、地獄の夢の中をさまよった。今日迄生き永らえているのはこの高熱が出た所為だと思っている。