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概要

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161 書きながら涙か。昨日のようにあの時の様子がマザマザと目に残り、耳に響く。断腸の思いとはこれなんだろう。 自分の子をほめるのは親馬鹿かも知れないが、到底、これが、数え年十三歳の少年の死際だろうか。ああ、信男は、もう永遠にわれわれに還って来ない。 ああ、夢のように月日はすぎて、もう九年もたった。一昨年、信男の七周忌もすぎた。私たち夫婦は、七周忌の命日は、信濃の善光寺に行き、親しく雨宮尼の司会で、御法会を本堂でやって貰った。 今後、私らも、天命のくるまで信男の遺骨を抱きしめて、力強く生きて行く心算だ。信男の死は、思い出は、いろいろの意味で教え、また諭してくれている。そして、今は明るい生き方を、われわれに教えてくれている。 どうか何時何時までも信男よ、私らの胸の中に生きて、この弱き私たちを励まし慰めておくれ。故柳信男の父書きながら涙網谷 和典 「おーい、落下傘、落下傘」誰かは分からないが、その声で空を見上げる。上空に二つの落下傘が、フワリフワリ降りてくるのが見える。 私の頭の中には、原爆投下の八月六日は、この時間以前は全く記憶に残っていない。勤労作業場所の東練兵場に行き、集合の合図でその地点に歩く途中の出来事であった。 「ピカドン」と一般的には表現しているが、私には、光も音も一瞬のことで、気が付いた時は地面に倒れていた。地面はオレンジ色の絨毯を敷き詰めたようになり、空を見上げると地上より雲がもくもくと大きく広がりながら、上に上にと舞い上がるのを、爆風で地面にたたき付けられた姿で見上げていたが、次の爆弾投