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概要

gakuto

145 お母ちゃん、顔が見えないない部屋に蚊帳を吊り、提燈をつけ、一策を中に両親と四人、まんじりともせず、不気味な一夜を過ごす。警報が出れば燈は消し、看とりも出来ない。今思えば馬鹿なことだったと、悔やまれる。 夜の更けるにつれ、一策は発熱した。むろん氷はなし、水道も出ない。父は一生懸命心配し、どこからかバケツに水を汲んで来て下さる。手拭を絞って冷すが、うわ言ばかりいい出した。子供のこととて他に思うことはなし、ただただ作業のことばかり。時には大きな声で「番号」と号令をかける。「僕の水筒は誰がとったろうか、まだ一杯水があったのに」とか「水が噴水のように出ているのに、僕にはどうしてくれないの。僕がくんで来る」と起きかけたりした。 夜が明けるにつれておとなしくなったが、もう元気もなく、はく息ばかりで、静かに寝たまま身動きもせず、そのままで六時頃には息を引きとってしまった。かわいそうな子、あんなにほしがっていた水なのに、もっとどんどん心ゆくまでのましてやればよかったのに、と心残りになっている。 平素から気丈だった子ゆえ、一途に私のそばに帰ってきたことと思われ、一層胸が痛む。 久衛はどうしたろうか。妹は。二人とも帰らない。朝になって、弟も帰って来た。 途中、一人一人気をつけて歩いた。元気そうな人には道で貰った乾パンを分けてあげたが、今朝はほとんど死んでおられた。一々見た中に久ちゃんがいたかも分らない。けれど、みな一様に、着た物もなし、顔も同じだし、全然分らない。子供だから、あの中を逃げたとも思えないし、その場で吹き飛ばされてしまったと思いなさい。こんなになって帰った一ちゃんの方が可哀相だ。と私にあきらめさせようとする。けれど、今にどこからか帰ってくるのではないかと思われてならない。またどこかでお祖母ちゃん、お母ちゃんと泣いているのではないかしら、と気にかかる。 一策の枕もとには、枕刀を置き、お線香を立てたが、何をする気力も出ない。せめてもの気休めにみんなで浴衣に着せ替え、納棺を済ませる。弟も、みんなが広島にいたのでは安心して帰れないし、危険だから