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概要

gakuto

126川も、戦争前と少しも変わらない姿になり、季節ごとに風情を変えて、生きている喜びを私たちに与えてくれた。平和であることの有り難さ、尊さは、戦争を体験した者しか分からないことかも知れない。戦後半世紀近くを振り返り、また核問題を考える度に、広島の惨状を語り継がねばならないと思うこの頃である。被爆の後遺症に苦しむ人は、高齢化した今なお、増え続けている。私もいつ発病するかの恐怖がいつも頭から消えることはない。 あの日、一緒に逃れて助かった友人が、後遺症で一人また一人と、五十代の若さで相次いで亡くなった。学徒動員中は、凍てつく夜の勤務に耐え、流れる汗をぬぐう間もなく生産に勤しみ、原爆では九死に一生を得た私たちである。まだまだ若くして亡くなるとは、さぞや心残りであったろうと今も胸が痛む。 後年、被爆二十五年の記念日に、やっと母校を訪れる機会を得た。あの日逃れた牛田山修練場の地は、立派な女子大学となり、山道は整備されてバスも乗り入れていると聞いた。その自然に恵まれた環境は昔のままで、緑に囲まれた素晴らしいキャンパスの校庭に立って、私は時の流れに万感の思いを抱いた。 毎年、八月六日になると、私はなぜかじっとしていられない気持ちになる。広島に住んでいた頃は、どこかへ逃げ出したい思いにかられていた。年老いた現在は、テレビで放映される平和祈念式典の中継に、くぎ付けになったように見入り、犠牲となられた多くの人々を偲び、平和の鐘の音と共に静かにただ祈っている。戦争のない平和なこの時代がいつまでも続くことを願いながら……。……七十七歳(旧姓山根)高女五二回、神奈川県川崎市在住