ブックタイトルgakuto

ページ
128/326

このページは gakuto の電子ブックに掲載されている128ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

gakuto

114きしていたら、その時は何もできなかったとしても、もう少し落ち着いた頃には、何かの方法でご家族の方に、連絡が取れたかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。 原爆投下から三日目となり、私たち一家も何人かの被災した人々と一緒に、海田高女の裁縫室での生活が始まりました。その時、私と一緒に女学院の挺身隊で来ていた級友のNさんが、比治山神社の前に倒れているところを、軍の車に発見されて、矢野の古い庁舎へ連れて帰られたことを耳にしました。彼女が、六日の朝、業務のために広島市内で用事を済ませてから、いつもより一汽車遅いので出勤することになったのは知っていましたので、安否が分からず気になっていたところでした。そこへ使いの方が来られて、「Nさんがあなたに会いたがっておられます」と教えてくださったので、すぐに駆け付けました。以前は、宿直室に使われていたらしい小さな畳の部屋に、彼女は一人横たわっていました。あまりひどい外傷はなかったように見えましたが、額の辺りが薄皮をむいたような感じでした。また、片方の手首の内側に、五百円玉くらいの大きな穴があいていましたが、まだ何の手当もしてもらっていない状態でした。こんなに痛々しい様子なのに、気丈な彼女はトイレに行こうとするのです。「ちょっと待って、何か探して来るから」と立とうとする私に、「一人で大丈夫」と言って、畳の上を這って行きました。どれくらい、その場にいたのか、どんなことを話したのか、よく覚えていませんが、最後まで意識ははっきりしていて、私に向かって「勝ちゃん、私のロッカーに入れてあるバスケットをあなたに上げる」と、はっきり言ったのを、今も覚えています。 翌日の九日にNさんが亡くなられたとの訃報を聞いた時、私は自分の耳を疑いました。昨日、あれだけ意識もはっきりしていて、這ってでも一人で動けたNさんが、どうしてこんなに早く?という思いが、頭の中を駆け巡りました。すぐに矢野の庁舎へ参りましたら、上司の方が、「今から木を積み重ねて、ここの広場で火葬にしようと思うが、君たちはここにいない方