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概要

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105 兄と原爆が出来安心しました」と言って帰られました。 それから又、夜中の二時頃戸を叩く人があるので出てみると、長年工場にいた若い者が何となく気になってと言って来てくれていました。母が兄のことを話しましたら、「それでは、私が行きます」と言ってくれましたので、母は兄のためにトマトのしぼり汁や着がえの着物などを用意し三輪車に乗せて、朝早く行ってもらいました。 府中国民学校へ着いたのですが、午前九時頃だったそうです。ところが訳を言ったら、「はあ辻本さんいうんですか。ありゃ今朝六時に亡くなられました」と言われたそうです。若い者は、「そう言われても、何の証拠もなしでは、奥さんにどう言っていいか言いようがないから見せて下さい。もう焼かれたんですか」と言ったら、「まだです。あそこに置いてあります」と言われるので、そこへ行ってみたら、死骸が山のように積んでありました。どれを見ても顔が腫れてわかりませんので、「すまないが私は確認して帰りたいから、一体ずつのけて見せて下さい」とお願いしたら一体ずつ手伝ってくれ、調べていたら、靴下に「辻本」と糸で縫いつけた文字が見つかり、「あーっ、これじゃ」と思ったそうです。そして「いついつ一緒に火葬するから、お骨を取りに来て下さい」と言われ、可部に帰って母に伝えたそうです。数日たって、お骨を受け取りに行ってもらいました。 母は、平成九年十二月に九十三歳で、亡くなりましたが、折角苦しい中を知らせてもらったのに、夜を徹してでも行ってやったら、まだ息のあるうちに逢えたものを、それもかなわなかったことを、かえすがえすも残念で、節雄に「許して下さい」と詫びる思いが、いつも心の底に残っていたように思います。